昨日、保護者様と塾生宛てに【日曜日の開室時間のお知らせ】というメールを送ったのですが、
はじめに書いていた文章とは別の書きなおした文章を送りました。
土曜日の夜に説教じみた文章を送るのも良くないと思ったのです。
はじめに書いていたのが以下の文です。
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明日の日曜日ですが、本日と同様以下の時間帯で開室します。
15:00~21:00
(19:00~19:30は休憩)
ところで少し思うところがあるので
少し厳しいことを言いますね。
試験2週間前でも塾に来ない生徒がいます。
*来れない場合は仕方ないですよ。
テストの点数を伸ばしたいのであれば相応の努力をする。
にもかかわらず、塾に来ない。
家で試験勉強ができていますか?
塾へ行く、行かないを気分で決めていませんか?
にもかかわらず、テストの結果が悪かった時
一丁前に悔しい態度を見せる。
テストが難しかかった。
云々
こういう態度を見ると私はいつももやもやとします。
悔しい!!と思えるほど
君たちは勉強をしたのかな?
と思うのです。
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こんな時、実は思い出すことがあるんです。
わたし自身のことです。
大学受験で失敗し、行ける大学がどこにもなく
予備校に入るため父の運転する車で予備校へ向かっていた時のことです。
父とどんな話をしたのかもう記憶にないのですが、
大学受験に失敗したことを悔しがって私は泣いていました。
そんな時、普段は寡黙な父がこんなことを言いました。
「お父さんはずっと見てきたつもりだけど、お前に泣く資格はないと思う。そんなに勉強をしたかな?していなかったと思うよ。」
実際には父の言葉は九州の田舎言葉なのでもっときつい言い方だったと思いますが、
お前は悔し涙が出るほどには勉強していないはず。
だったら、その涙は一体なんだ?
言い訳のために泣くな。
情けない。
こんな風に受け取りました。
全てを見透かされたように思いました。
だから
たいして勉強もしていないのに(ごめんな!)
悔しがる生徒を見て
似たような態度をとっていた昔の自分自身を思い出すのです。
だからこそ、思うのです。
悔しがる資格はあるのか?と。
塾に来れない時は仕方ありません。
でもね、来れる時は来てください。
今が頑張り時です。
私はいつでも待っていますので、来れる子は来てください。
とにかく来るのです。
一緒に頑張りましょう!
三好
